某国立大学で博士号(理学)取得後、経営コンサルティング会社に就職。
それもつかの間、会社を退職し職のあてのないまま妻を追ってインドネシアへ。
私(saya)が体験したこと、思ったこと、新しく知ったこと等を気ままに書いていきます。

シンガポール&インドネシアのことが中心です。

Singapore Life

Singapore Life

2016年2月5日金曜日

Orchard Centralのアメリカンハンバーガー屋 BWB


たまたま近くに用事があり、Orchard Central で飯どころを探してたどり着いたアメリカンハンバーガーのお店。

11階にあり、平日の昼に入ったら、3人くらいしかいなかった。

バーも併設されてたから夜メインで稼いでるのかな?

Man V. Foodというアメリカの大食い番組がコンセプトらしく、おそらくチェーン店ではなさそう。

店内はこんな感じ。
ハードロックカフェっぽい?



確か時間帯割引かなんかあったので、ビールとチーズソースかけたフライドポテトを注文。
うまうま。



その後、ハンバーガー。
1番オススメと言われるやつと、小さいミニバーガーセットを注文。
オススメのやつは、中がピーナッツソースが入っていて、まぁアメリカ人とか好きなんだろうなぁ、という味。



パスタとかもあり、メニューは比較的幅広くありそうだが、味は普通かなぁ。
美味しいとは思うけど、また行きたいとはまず思わない。

ハンバーガーだったら個人的には、Triple O'sのDouble Double Cheeseにはまっている。(ランチのルーティンに入っている。。。)

だいたいそんな感じ。

Burger VS Wings + Bar
ADD : #11-03/04 Orchard Central, 181 Orchard Road, Singapore
TEL : 6634 0423
OPEN : 11:30~15:00 / 17:30~22:00

ソンファ・バクテーSONGFA BAK KUH TEH(松發肉骨茶)

2016年2月4日木曜日

シンガポールの陶器工房Thow Kwang Pottery


母親がシンガポールに来た際に行きたいと行っていたが、結局連れてくことが出来なかったので、折角だからThow Kwang Potteryに行ってみた。

家からも近いしね。

他の人もブログで取り上げているように、プラナカン食器が安く買える場所として日本人にも知られている。

どのブログも書いていないようだけど、店の人に確認したらプラナカン食器は(というかほとんど全ての陶器は)輸入らしい。
そもそも何でも輸入しないとやっていけないシンガポール。プラナカン食器なぞ、シンガポールでは全く生産していないのかもしれない。

最寄り駅はBoon Layだが、歩いて行く場所ではない。

↓こんな場所。
入り口に巨大な陶器。目印のつもりか。

周りは綺麗な公園があり、バードウォッチングをしている人も。


中に入るとこんな感じ。
釜もある。





陶器製作教室をやっているようだ。

陶器は所狭しと置かれており、輸入されたばかりと思われる木枠に入った巨大な陶器もある。




プラナカン食器は、向かって左側の建物にある。

ちなみに、これがこの場所で作られている陶器。プラナカンではない。

肝心の値段だが、確かにKatonの土産物屋で見たものより安いと感じる。
湯のみよりちょっと大きいくらいで、蓋のついた陶器を幾つか買ったが、SGD25〜55くらいだった気がする。他では、40〜80くらいじゃなかろうか。(感覚)

陶器はかなりたくさんあり、かつ周りの景観も良く一度行ってみる価値はある。

問い合わせたところ、旧正月以外は基本的にやっているとのこと。大晦日も元旦もやっていると。

次回親来るときは連れて行きたいなぁ。










2016年2月2日火曜日

Clubストリートのお洒落なイタリアン SENSO


先日、Clubストリートにあるお洒落なイタリアンに行ってきた。その名も「SENSO」。

知り合いの社長さんのオススメ。

場所は、Cross St.からClub St.に入ってすぐの所にある、1階のお店。

入り口を抜けると、中庭のテーブルがある。


天井はガラス張りなので、雨の日でも大丈夫。

奥には、室内のテーブルもあり。

スタッフも気さくで良かった。

料理の味も良い方で、値段もあまり高くなかった。以下の料理だけで、税込SGD200いかなかった。
当然だけどパンとかは付いてくる。

これは、注文しないで付いてきたオードブル。





客は白人が多かったかな。
酒飲まずに普段の食事みたいなノリできていた人も多くて、結構意外だった。まぁ、金融街のすぐ近くだしね。

あと、受付の脇には貸切用の部屋と、バーらしき部屋が。
貸切はSGD2000からとのこと。たぶん、キャパは、10人+

特別な日では無かったけど、たまには仕事帰りにこういうのもいいかなぁと。

SENSO
Club Street
Singapore 069410
http://www.senso.sg

2015年12月28日月曜日

シンガポールでの新生児のDP取得について


 

色々面倒だったので、2人目以降のための備忘録もかねて何をやってそれぞれどれくらいの時間がかかったのかを残しておこうと思う。

まず、子供のDP取得において何が大変なのか。
シンガポールの入管法では、新生児に対しては(原則)42日間しか特別滞在(Special Pass)が認められない。つまり、42日以内にDPの承認を取得しなければならないが、それまでに日本国籍のパスポートが必要であり、日本国籍のパスポートを取るためには親の本籍地で新生児の戸籍登録を完了していないといけない。これは海外にいると色々ともどかしく思うことも多いだろう。幸いシンガポールは時差が1時間しかないのでまだいい方かもしれない。

それでは、子供の出産から必要な手順と、子供出生からの経過日数を記載していきたいと思う。

0.子供の出生。(0日経過)
うちは、Mt.Elizabeth@Orchardで出産。娘は20時ごろに出産。出生証明書関連の手続きは翌日やることに。

1.出生証明書(Birth Certificate)の取得。(完了:出生後1日経過)
病院で発行される。
Mt. Elizabethの場合、緊急出入り口のすぐ近くの2FCasierの横にある小さい部屋で発行される。事前に予約が必要で、出生時に看護婦がくれる書類の中に電話番号が記載されているものがあるので、早めに登録する必要あり。ちなみに、予約だけなら夜間でも代わりの人が受けてくれた。

必要なものは、以下の通り。
     Birth Notification ※看護婦がくれる。
     両親のパスポート & EP
     英語の結婚証明書
     SGD30

(参考:出生抜粋証明書(Birth Extracts)の取得)
出生証明書は1度しか発行できないため、自治体に直接出生届を申請する際にはこの手続きが必要となる。以下自分が行ったように日本大使館に申請する場合は、出生証明書の原本を返却してもらえるため出生抜粋証明書を発行する必要はない。
出生抜粋証明書を発行するには、まず移民局ICAにオンラインで申請。LavenderにあるICAオフィスで受け取る。作成期間は約1週間。ちなみに受取の際には整理券取って並ぶ必要はなしとのこと。
http://extracts.ica.gov.sg/extracts/index.xhtml

2.出生届けの申請。(完了:出生後1日経過)
この後、子供の名前を戸籍に反映させるには以下の2種類のやり方がある。
A. 本籍地の自治体へ直接依頼をする。
B. 在星日本大使館に申請する方法。
Bの方法では4週間近くかかると説明されており、ブログなんかを見るとAの方法を取る人が多いようだ。まぁ延長もできるんだし、他の人とは違う方法で、と思ってBの方法を選択する。

出生証明書を取得後、すぐに日本大使館へ。

以下の書類が必要。
     署名済みの出生届
     出生証明書原本 
    返却されるのであくまでも原本が必要。出生抜粋証明書はそのまま提出して戻ってこない。
     出生証明書の和訳 ※確か「出生登録証明書」のこと。大使館HPでダウンロードできる。
     印鑑 ※なければ拇印で対応。

大使館では特に問題もなくスムーズに申請終わり。
この後、本籍地の台東区役所にも担当者を確認し、日本で父親にトレースしてもらうことに。父親が協力的で非常に助かった。EMSのテストも行い準備万端。

3.子供の写真撮影。(完了:出生後10日?経過)
出生届が受理されるまでの間に、パスポート用の写真の準備。
これは後々家族から不評が相次ぐのだが、持参したデジカメで出産後1日目の状態の写真を撮影。これを写真屋に持ち込むことに。ちなみに、インドネシアのパスポートの場合は、大使館で直接撮影する。DPMOMオフィスでその場で撮影する。なので、日本のパスポートの写真が出生直後のふにゃふにゃな顔に。

写真屋は、明治屋のFujifilm写真館を使っている人もいるよう。実際、自分も事前に問い合わせていたのだが、一度家に戻った後は明治屋が遠いので近場で探してみる。すると、Fujifilmのアウトレットは至る所で見つかり、隣駅に隣接するJurong Pointにもあることが分かりそちらへ。写っていた義母の手や、背景の修正などもやってくれた。8枚くらいでSGD12くらいだったかな?忘れた。

パスポート写真は、縦4.5cmx横3.5cm6か月以内に撮影した無背景のもの。背景色は白または薄い青色、無帽、正面を向いたもの。

娘には申し訳ないが、今見ても修正している感半端ない。。。

4.戸籍謄本の取得。(完了:出生後22日経過)
日次で父親が区役所に確認をしてもらっているとの認識だったが、なにか虫の騒ぎがあり、電話をしてみるとすでに娘の登録が完了していることが判明。父親に連絡する。父親の話では数日前に担当した新人らしい女性役員が、今週中はないですよ、と言っていたため父親もトレースをしていなかったそう。この女性も適当だな。それかできたら電話で連絡しろよ、こっちは毎日トレースしてたんだから。

父親はその後区役所で娘の名前の入った戸籍謄本を取得。EMSにて送付してもらった。

ちなみに、私が今の戸籍の筆頭になっているが、その私の父親であれば特に委任状等書かなくても良いためスムーズに戸籍謄本が取得できる。これが他の親族とかだと面倒な手続きが増えるようだ。

ちなみに、今回の私の場合は、在星日本大使館に出生届を提出してから21日で戸籍登録への反映が完了したことになる。大型の役所だと慣れているため比較的早いのだとか。私の場合、シルバー連休に当たってしまったこともあり、遅めだったとのことなので、都内23区もしくは政令指定都市レベルであれば、2週間プラスくらいか。

いずれにせよ、出生抜粋証明書を取得しなくて良いメリットを考えると、そこまで時間がかかるわけでもないので、大使館経由の方法でもそんなに悪くはない。ただし、これでも結果的には42日ギリギリであった。

5.戸籍謄本の受領。(完了:出生後26日経過)
戸籍謄本を日本から送付して3日後にシンガポールで受領。さっそく翌日の午前中に大使館でパスポートの申請を行う。

6.パスポートの申請。(完了:出生後27日経過)
申請に必要なものは、以下のもの。
     一般旅券発給申請書 ※大使館で出生届出した際に一式もらっている。
     戸籍謄本原本
     パスポート用写真1
     現金のみSGD70
3日後の午前中に完成する旨

7.パスポートの取得。(完了:出生後30日経過)
午前中に無事パスポート取得。ちなみに子供本人を連れていく必要あり。そのまま午後会社でDP申請を行うのだが、実は社内でのやり取りの方が大変だった。

8DPの申請。(完了:出生後30日経過→33日経過)
事前に言われていた手続き書類を揃え、午後に人事に依頼。基本的にはDPの申請が会社を通して行うことになっており、HPを見てもそのように記載されている。

人事の担当者が休んでいるとのことでこの日は申請処理されず。金曜だったので、月曜まで待つ。42日ルールがあるので若干あせりだす。

9.DPの承認。(完了:出生後37日経過)
人事より、承認の通知来る。その前にも延長の手続きをした方が良いか、など相談していたが人事もあんまり協力的でなく色々とストレスたまる。シンガポーリアンは基本的には政府が決めたことは絶対だというマインドがあり、反論したり交渉したりするよう促しても基本的には取りあってもらえない。

承認が下りたので一安心。

10.DP受取のアポ入れと取得。(完了:出生後41日経過→47日経過)
承認後は自分でオンラインで取得のための予約を入れなければいけない。最初、SpassSpecial Passが同一のものであるという誤解等から、間違えて娘のSpass申請の登録をしてしまうが、明らかにおかしいと感じ再度アポ入れを行う。Card Registration

当日は子供を連れていかなくてはいけないため、妻と義母と3人でMOMへ向かう。この場で、赤ちゃんの写真を撮影するのだが、手が写らないようにして、垂直に赤ちゃんを持ちあげなくてはならず、非常に危ない。首もすわっていないためバランスが非常に取りにくい。もっとうまいやり方を考えてほしい。

最終的には、出生後47日経過してやっとDPを取得。

お疲れさまでした。

その後、インドネシアのパスポートも無事取得。晴れてDual Pass Holderに。いずれどちらを取るかは娘が判断するでしょう。

シンガポールで娘のお食い初め


娘も生まれてブログ全然更新できておらず、書きたい事全然書けていないけど、そのうち気が向いたら書いていきます。

今日は、娘が無事出生100日を迎え「お食い初め」をやったので、そのことを書いてみようと思う。

お食い初めは、子供が出生100日を迎えることを喜び、子供が一生食べ物に困ることのないように願う行事とのこと。うちの両親は僕が小さい時にはやらなかったみたいだし、周りでもそんなにやってない行事のような気がする。ただ、海外に来たからなおさらだと思うけど、こういった日本の行事をやってみたいという思いもあり、挑戦してみた。
そもそもシンガポールだったら何でも揃うしね。

献立は、以下の通り。基本的にはISETANで全部揃いそう。

     赤飯
ISETANで赤飯の素購入。もち米はすでにあるものを利用。ゴマ塩は付属のものを使用。

     ハマグリのお吸い物
ISETANでパックのものを購入。もう少し大きい直輸のものもあるようだが、殻がわれているなどのリスクがあるとのこと。パックのもので問題なし。お吸い物の素を購入。お麩はすでにあるものを使用。
ハマグリのお吸い物はお雛様でも食べられているようで、2枚貝は異なる貝同士だと合わないことから、ぴったりの良いパートナーが見つけられるようにとの意味合いがあるらしい。

     尾頭付き鯛の塩焼き
鯛はまずJurong EastISETANで聞いてみる。すると、大きい2kgの鯛ならあるとのこと。小さいものは数日待てば日本から空輸で届くとのこと。あまり先延ばしにしたくなかったので、ISETAN Scotts店にも問合せてもらうことに。Scotts店にはあることが分かり取り置きをお願いすること。この時、取り置きのことに意識が集中していて忘れてしまったのだが、少なくともJurong EastISETANでは塩焼きにしてもらえるようだ。Scotts店で購入。約SGD18也。うちのコンロにはグリルがない。どっかのおっさんがフライパンで鯛を焼く方法を書いていたのでそれを参考にやってみたが全くうまくいかず。。。水引等を使ってごまかす。。。次回はお店にお願いするか、義理のお母さんにお願いしたい。水引はDAISOでお祝儀袋を買い、その付属のものを転用。

     海老と野菜の煮物
     筍の炒め物
     いくら、漬物、梅干し
     果物
     歯固めの石
これは、歯並びを良くするために実際に赤ちゃんにも舐めさせるとのこと。形の良い石は近所のJapanese Gardenから拝借しました。

ちなみに、お椀や皿について、男の子の場合は内外どちらも朱色、女の子の場合は内が朱、外が黒のものを使うとのこと。実家から送ってもらったもの以外はDAISOで済ませた。

 

完成写真。
うん、いい感じ。
日本人以上に盛りつけや料理の味付けのセンスがあるカミさんに改めて感謝。

もともとうちの子供は午後以降夜寝るまではぐずることも多いので、お昼に実行することに。10時くらいから少しずつ準備を始め、12時前には準備完了。まだ首もすわっていないので、それぞれが子供を抱えながら食事を口元に運ぶことに。比較的スムーズに写真撮影は進み、10分くらいで終了。
とてもいい思い出になりました。

ちなみに、食べ物を与える(ふりをする)人は長寿で、女の子には女性の親族がいいとのことで最初は義理のお母さんにやってもらった。でも結局、自分もカミさんも自分でもやりたいということで全員が一通り食べ物を与えるふりをやることに。


娘もみんなもお疲れさまでした。

2015年11月1日日曜日

インドネシアの妖怪 Pocong(ポチョン)



シンガポールは年中暑いからしょっちゅう妖怪が見たくなるわけで。
っというのは嘘で、妖怪、幽霊の類は存在しない(妖怪の定義は良く分からんが、不死の存在や死後の世界を信じていない。というか信じたいんだけどその理屈が理解できない)という大前提が自分の中にはありつつも、それでもやっぱり定期的に心霊的な現象に関する動画を漁ってみてしまう。

今回は、たまたまインドネシアの妖怪、Pocongを撮影することに成功した動画を見つけたので紹介したい。

この動画自体は、2009年にアップされており、1510月末時点で840万回以上再生されている。

深夜の森を撮影しながら進む数人の男女。
203分ごろにちらっと映る白い影
244分ごろより木の陰から姿を現す。中にはお祈りするものも。
Pocongの姿が消えた瞬間一斉に逃げる男女
353分ごろより再度姿を見せるPochong

しばらくそこにとどまった後、また突如消え去るPocong




正直、かなり作りものっぽく感じてしまう。
  • 顔も周りの布も非常に平面的(絵みたい)。横顔を見せない。表情も変わらない。
  • 常に、Pocongは何かの陰におり、全身は見せていない。
  • この撮影者たちがなぜ夜に撮影をしながら道を歩いていたのか不明。

(インドネシア人の)カミさんに聞くと、インドネシア人は怖い話が好きで、この手の話はつきず、かつ一時期大量にホラー映画も作られたとのこと。

ちなみにwikipediaによると、Pocongとは、布(?)に引っかかった死んだ人の霊らしい。布はムスリムが墓に埋める際に死体をくるむものらしい。インドネシアやマレーシアでは死人の魂は死後40日間地上にとどまるらしく、40日たっても布がほどけないと、墓から死体が飛び出してくる。結びを解いてやるともう現れない。足も結ばれているため、歩けず跳ねながら移動するらしい。

お手伝いさんも知っていたのでかなりポピュラーな存在だろう。ちなみに2006年以降、映画がいくつか作られているようだ。